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僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー

多様性について考えてみる~ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー~

多様性について考える

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

今回はニュースで良く見聞きする【多様性】にフォーカスをあてた本書を読み、
今まで何気なく見聞きしていたこの【多様性】という言葉について少し考えてみたという記事です。

本書はイギリスのブライトンで生活し、貧困格差や子供の階級格差など様々な問題について
教育的視点や経済的視点から問題提起をされてきたブレイディみかこさんが執筆されました。

【物語の主人公たち】
■母:ブレイディみかこさん:日本人
■父:心配性で気難しい人:アイルランド人
■息子:めちゃいい子

ブレイディ家の3人家族が主人公となっており、息子が中学生になってからの約1年半の日常を”ありのまま”描いたドキュメンタリーな作品です。

小学校は学校ランキングで常にトップを走り続けるカトリックの学校に入学し、生徒会長も経験するようないわゆる優等生な「息子」

しかし中学で進学したのは全てに問題を抱えていた元底辺中学校と呼ばれる公立学校
進学をしてすぐに「息子」は人種差別、ジェンダー、階級差別、アイデンティティの問題など、実に様々な問題に直面します。

「息子」は複雑で難しい

【多様性が高い社会だからこそ生じる様々な問題】

に直面し、もがきながら、そして苦しみながら自分なりに考え成長していく過程を描いています。

この本の特徴は差別、非行、貧困などから生じるまるで映画のワンシーンみたいな出来事が

普通の家庭で起こっていて、誰にでも直面する可能性がある

ということをリアルに感じさせてくれる内容となっている点です。

  • お金がなく、ボロボロの制服を着るしかない友達に対してプライドを傷つけずに新しい制服を渡すにはどうしたらよいのか悩む「息子」
    貧困問題
  • 学食を買うお金がなく万引きしてしまったクラスメイトを咎め、行き過ぎた正義感で暴力を振るってしまうミドル階級の子供
    階級問題、貧困差別
  • ひどい人から「ファッキン チンク!!(アジア人への蔑称)」といわれた時の対処法に悩む「息子」
    ⇒人種差別
  • 日本にいるときも、イギリスにいるときも自分の故郷はどこにあるのかと、ふと悩んでしまう息子
    ⇒アイデンティティ問題

このような日本でもよくニュース等で議論が繰り広げられている貧困・階級・人種等の問題が、こんな小さな子供の身にも起きているんだと驚き、

  • 多様性が高い社会だからこそ起きる問題をもっと丁寧に考えていかなければ
そう強く感じました。

多様性は確かに素晴らしいが厄介でもある

皆さんも多様性という言葉をどこかで一度は聞いたことがあると思います。
最近ではニュース等で良く扱われていますもんね。

今、少なからず日本でも多様性の高い世の中にしましょうねという風潮があります。
様々な視点、アイデンティティを持った人たちがお互いに意見を出し合う事で透明性が高く、偏りを生まない仕組みを皆で生み出しましょうね!
であったり。
高齢者や女性、ハンディキャップを持つ方も働きやすい社会を目指そう!
といったすべての人が住みやすい世の中にするために、
多くの視点から意見を集め、物事を考えようという働きかけです。
その考え自体はとっても素晴らしいと思っています。
様々な人の考えを取り入れて今までになかった
より新しいモノを生み出すことは世の中をきっと豊かにしてくれるはずです。
でも今回この「イエローでホワイトで、ちょっとブルー」を読み、多様性を高めていこう!という風潮に対して
「もう少し落ち着いて考えてみよう」
と思うようになりました。

もう少し落ち着いて考えてみよう①
人種や格差、アイデンティティの違いによる
衝突は自然には無くならない

最近いい例がありました。
東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗さん(すでに退任されました)が「女性がいる会議は長くなる」
という発言が女性蔑視にあたると問題になっていた件です。

日本のオリンピック組織員会は女性の割合(ジェンダー的多様性)を高めようと立ち上げ当初から動いていており、

オリンピック憲章にも【いかなる差別も許されない】みたいな文言が入っているくらい
お互いを認め合おうという意識が強い集団でもあります。(本来は)

そのような社会貢献性が極めて高い組織であっても

「○○だから女性は困るよね」

といった発言を公衆の面前で会長が平気で言えてしまう環境を組織内で作ってしまうわけですから、

多様性を高めたから(高めようとしたから)と言って
差別なく、多様的な意見を取り入れる環境に自然となるわけではない

という事を示すいい例だと思います。

今回の森さんのケースが特別だったのではなく
「女性はこうだから」とか「男性はこんな感じよね」

といった表現は世の中にあふれていますし、

「先進国は○○で新興国とは違う」とか
よく人は何かを分断して物事を考えがちですよね。

分断して考えること自体は物事をシンプルにするため、悪い事ではありませんが、

分断して物事を考える際、前提となる姿勢がとても重要だと僕は考えるようになりました。

【ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー】の中で出てくる言葉の中に

エンパシー

という言葉があります。

辞書を引いてみると意味は以下の通りです。

感情移入。人の気持ちを思いやること。

[補説]シンパシー(sympathy)は他人と感情を共有することをいい、エンパシーは、他人と自分を同一視することなく、他人の心情をくむことをさす。

このエンパシーという言葉日本ではなじみがないので少し難しいですよね。
僕もこの言葉はこの「イエローでホワイトで、ちょっとブルー」で初めて触れました。

ちなみに本ではエンパシーの事をこのように説明しています。

他人の靴を履いてみる

つまり、自分ではない誰かの意見や考えていることに感情移入して理解する能力の事です。

多様性の高い社会には自分とは違う見た目、考え方を持つ人が溢れかえっています。

だからこそ

・この人は今こんなに辛い気持ちなんだ

・確かにその立場になればそのように考えるよね

といった相手の立場を頭の中で体験してみる、という意識・能力がより一層重要になるのです。

ですので【もう少し落ち着いて考えてみよう①】において主張したいことは

多様性を高めると同時にエンパシーも高めていかないと
結局問題や衝突ばかり起こってしまう世の中になるよね
という事です。

改めて文章にすると当たり前のように感じますが、
当たり前の事を当たり前にこなす事もこれまた難しいのです。

もう少し落ち着いて考えてみよう②
多様性がある=差別がある?

■黒人に対する差別
■同性カップルに対する偏見
■貧困格差

等といった事に関するニュースや記事を最近よく見聞きするわけですが、多様性の高い世界を悪く言えば

■裕福な人と貧しい人が一緒にいる世界
■学校に行けなかった人と大学まで出た人が
一緒にいる世界

言ってしまえばこれらも多様性の高い世界なのです。
ですので多様性は言い換えれば「差が大きな世界」とも捉えられることを忘れないでほしいです。

とはいえ貧困に苦しむ人のニュースや私には体験したことのない苦しみを抱える人の叫びを目にする度に
僕も悲しい気持ちになり、時には憤りを感じます。

いろんな人がいる(多様性がある)=差が生じている
という悲しい一面にも目を向けて

・貧しい家庭の子供を裕福な家庭の子供がいじめる

・教育を受けられなかった人を、教育を受けて育った人が憐れむ世界

これらの多様性があるゆえに生じてしまっている現状に対して

世界から完全になくすことはできなくとも、
せめて自分の周りでは差別で悲しい思いをする人がいないような行動を心掛けていきたいです。

まとめ

今回は【イエローでホワイトで、ちょっとブルー】を読み、【多様性】について考えてみました。

①多様性を高めると同時にエンパシーも高めていきたい

②【多様性がある=差別がある】を減らしたい

このような事を思い皆さんに話しかけてみました。
少しでも共感していただけましたら幸いです。

 

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