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雲龍院

「また違う京都」に出会うシリーズ②~京都2泊3日【龍安寺・雲龍院・念仏寺・伊根町編】~

  • 2020年8月15日
  • 2021年1月13日
  • 旅行
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2017年の夏、祖父がずっと行きたがっていた京都へ、家族と訪れました。

京都といえば、金閣や銀閣、清水寺などが真っ先に思い浮かぶかもしれません。

しかし、今回は「初めて訪れる京都」とは、また違った旅行でした!

今まで知らなかった場所や、歴史を学び、50歳ほどの年齢差がある祖父の視点を学び、京都の魅力にたくさん気づくことが出来ました。

普段歩いている街をちょっと遠回りして美味しいレストランを見つけた時のように、普段は行かないところが実はとても魅力的だったりしますよね♪

普段歩いている何気ない道が、雨の日に歩いてみると、なんか趣深いなって感じることはありませんか?

そんな風に、「出会い」は生き物のように、1分、1秒ごとに変化しているものなのだと、改めて実感しました。

今回は初めての京都では行かないような場所、「また違う京都」をテーマに、今回の旅で気づいた魅力、出会いについて紹介していきます。特に前編では、今まで行ったことがなかった京都の世界遺産について、後編では個人的に特に考えさせられた観光名所についてご紹介します!

京都での出会い

前編では、西本願寺、下鴨神社、比叡山延暦寺についての紹介をしてきました。

旅の中では、そこで見た景色や食べるもの、色々な感情と出会い、そういった考えが人生を変える何かだったりしますよね。

だからきっとみんな、「自分探し」という名目で旅に出るのかもしれません。

後編では、そんな「旅の出会い」にフォーカスして、紹介していきます!

「我唯足知」ー龍安寺での出会い

まずは、大雲山龍安寺。ここは、石庭が有名で、修学旅行などで訪れる人もきっと多いはず。

15個の石を全て見える場所を見つけて見て下さい!

15という数は東洋で完全を意味し、この石庭はどこから見ても14つしか見ることができないような構造になっていて、不完全を表しています。

このような不完全を心眼で見抜くというのが、正しい見方であると言われています。

しかし、実はこの15個の石が肉眼で見えてしまう場所があるんです!ぜひ、探してみて下さい♪

そんな石庭で有名は龍安寺で、ひときわ心に残ったものが、このつくばいです。

中央の口という字を上下左右の文字と組み合わせることで、我唯足知となります。

これは、水戸光圀(水戸黄門)からの寄進といわれ、石庭のすぐそばの静かな老樹のそばにあり、目を引かれます。

この禅の格言「我唯足知(ワレタダタルヲシル)」という言葉。

必要なものはもうすでに足りているという人生の捉え方が、心に今も残っています。

人間に欲はつきもので、もっとお金が欲しい、もっと高い服を買いたい、高級住宅に住みたいなどの欲はきっと誰にでもあります。

でも、例えば海外でホームシックになったり、大切な人と別れて初めてその大切さを知ったり、

実は私達の周りは、きっと素敵なもので、人で溢れているはずです。

そういったことに気づかせてくれるのも、旅という「非日常」の空間に浸っている時だったりしますよね。

この龍安寺の老樹のそばで静かに佇むつくばいは、まさにそれを物語っているような気がしてなりませんでした。

龍安寺には自然がいっぱい

悟りの窓ー雲龍院

皇室ゆかりの寺として有名な雲龍院。

しかし、初めて聞く人も多いのではないでしょうか。

〈雲龍院〉
雲龍院は1372年、後光厳天皇の勅願寺として建てられた真言宗泉涌寺派別格本山の寺院です。泉涌寺(せんにゅうじ)の末寺(本山・本寺の支配下にある寺)ですが、天皇の発願で建てられる勅願寺として建てられたため、別格本山という格が与えられています。その後、後円融天皇、後小松天皇などの加護を受け、光格天皇の皇妃を初め、仁孝天皇の皇女を葬り奉っていたりと、皇室との縁がかなり深い寺院です。霊明殿の後山には後水尾天皇以降の陵墓(リョウボ:皇室関係の墓所)があり、霊明殿はその位碑堂(故人の霊を祀るための建物)です。皇室との関係が深いことの証として、寺紋も皇室の家紋と同じ菊の花です。
泉涌寺は皇室の菩提寺としても信仰されてきました。御寺(みてら)とも呼ばれ、皇室との関係がとても強いのですね。
そんな雲龍院で、特に美しかったのが悟りの窓というまん丸の窓です。。
訪れる度に、その景色を変化させます
訪れる度にその景色を変化させ、見る人によってその景色が変化すると言われます。
これは、まさに今回の記事のテーマでもある「同じ出会いはない」という思いに重なります。
行くたびに、その人がかける色眼鏡は、その人自身は変わります。そして、見る対象としての景色や自然も変化しています。
同じ出会いは二度となくって、だからこそ「今を大切に」したいなと思わせてくれる窓でした。
蓮華の間

悟りの窓の他にも、迷いの窓や、蓮華の間などの赴き深いお部屋があります。

蓮華の間では、四角い4つの窓から、椿、灯籠、効用、松が見え、情緒を醸し出します。

秋に訪れれば、もっと綺麗な景色が見えるはずです。

すごい好きなお寺になりました♪

千灯供養ー化野(あだしの) 念仏寺

化野念仏寺では、この世界との出会いは現世だけではないのかもしれないと、そんな考えと出会えました。

〈化野念仏寺〉
正式名称を華西山東漸院念仏寺という化野念仏寺は今から約1200年前に弘法大師によって建立されたのがはじまりと言われます。古来より葬送の地として知られ、死者の供養のために少しずつ石仏がつまれ、それが地中の変化に伴い、地中に埋もれていったのではないかとされています。
明治時代にそれらの石仏が集められ、現在の姿に祀られたとされています。これらの石仏は、多くが無縁仏(祀ってくれる者がいない仏)となっています。
そんな、化野念仏寺では、毎年八月二十三日、二十四日の地蔵盆(地蔵菩薩の縁日)の夜、境内の石仏にろくそくをお供えする行事である「千灯供養」があります。
非世俗的な光景が広がります。

ここは、祖父が行きたいと言っていた唯一のお寺で、初めは聞いたことがないお寺だったので、どんなところなんだろうと思っていました。

しかし、実際にこの地にたって見ると、そこは本当に現世ではないかのような光景で、幻想的でした。

そんなとき、祖父が「鬼哭啾々の叫びが聞こえてきそうだね」と言っていたのを強く覚えています。当時は「キコクシュウシュウ」という言葉のインパクトが頭に残っていたのですが、後日調べてみると「亡霊の鳴き声が聞こえてきそうな様」「恐ろしい雰囲気」を表す四字熟語でした。

私は、この言葉が指すような恐ろしさは感じませんでしたが、確かにこの無縁仏とより近づけたような、そんな感覚はありました。きっと、祖父にはそれが叫びのように伝わったのかもしれません。

誰もがお墓参りをしたり、神様にお願いをしたりするように、きっと私達が生きている現世は命のある生き物だけが住んでいるのではないのかもしれないですね。

個人的には、そういったものが「ある・ない」は別として、亡くなってしまった人や生き物や目に見えない者との出会いや、存在を大切にできる人でいたいなと思いました。

参道には大小様々な提灯が並び、綺麗でした♪

伊根町の舟屋

京都、最後の紹介は伊根町!

もしかしたら関東以北の人はあまり京都の海はイメージがないかもしれませんが、京都は日本海に面していて、有名な「天橋立」などもあります。

そして、お寺や歴史的建物に代表される京都は、他にもたくさんの魅力が詰まっていることに気づかされます。

〈京都伊根町〉
京都の丹後半島の北東部に位置し、海に沿って舟屋が並び、日本の原風景を楽しむことが出来ます。街自体は大きくないので、日帰りでも十分に楽しめます。
1階が舟置き場、2階が部屋になっています。
海も青くて綺麗でした!

「日本で最も美しい村」にも認定されている伊根町。こんな町が京都にあるのかと驚いたのを覚えています。

この伊根湾を回遊する遊覧船や、ボートも出ていて、私はボートに乗りましたが、ボートの船頭さん夫婦がとても優しくて良い方でした。

この町にぴったりと合った、人との出会いもあって、大満足でした♪

昨今は何かと少子高齢化や、地方の過疎化などが問題視されていますが、こういう日本の温かさを残す原風景は大切にしなきゃいけない場所だなと思うのと同時に、自分自身の中にある温かさも大切にしたいなと思える場所でした。

カモメのエサを買って、いざ出港!

「また違う京都」で出会う「新しい色眼鏡」

さて、ここまで後編では、「また違う京都」のご紹介と共に、そこで出会った新しい価値観、世界の見方のようなものを紹介してきました。

これは、私個人が感じたものなので、おそらく100人行けば100通りの感じ方があると思います。

今回私は、「我唯足知」や「自分の中にある温かさ」「非俗世に対する考え」など、本当にたくさんの考えと出会うことが出来ました。

こうして、また自分の見える世界が広がっていくことが、とても嬉しいです。旅には、そんな出会いも待っています。

これからも、様々な「色眼鏡」を手にしにいこうと思います。最後まで読んでいただき、ありがとうございました♪

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